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富山大学オリジナルグッズの紹介②小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)付箋 (2020年8月20日)

富山大学オリジナルグッズの紹介②

小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)付箋


価格 330円(税込)

◆高志の国文学館(制作協力 国立大学法人富山大学)

 

日本国籍を取得する前の名は、パトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn) であり、
日本に帰化して小泉八雲と名乗りました。主な作品に、耳無芳一の話、ろくろ首、雪女を収録した「怪談」や、
日露戦争後、アメリカで最も読まれた日本論であり、ベストセラーにもなった「日本:ひとつの解明」(神國日本)などがあります。


ラフカディオ・ハーンの貴重な蔵書が富山にもたらされたのは1924年のこと。

蔵書を後世に残したいというゆかりの人々と富山県の教育の発展を願う人々との熱い思いで実現した。
《ヘルン文庫》は今も富山大学で大切に保存・活用されている。
高志の国文学館では常設展示室の一角にヘルン文庫の紹介コーナーを設けている。

表紙:来日の前年(1889年)に撮影されたハーンの肖像写真。
付箋(上):1890年に日本へと旅立ったハーンの後ろ姿を描いた
      挿絵画家ウエルドンによるスケッチ
付箋(中):ハーンの直筆草稿(部分)。古志の国文学館蔵
付箋(下):ハーンが友人ワトキンの書簡に描いたカラスの絵


◎ヘルン文庫がなぜ富山県に?
「ヘルン文庫」の呼称は、
八雲が最初に英語教師として赴任した松江中学校(島根県)で「ヘルン先生」と呼ばれ、
妻のセツさんからも「ヘルンさん」と呼ばれていたことに由来します。

小泉八雲は、生涯に一度も富山を訪れたことはありませんでした。
それではなぜ富山大学に「ヘルン文庫」があるのでしょうか?
1904(明治37)年に八雲が亡くなってからも、蔵書は小泉家に置かれていました。
しかし、1923(大正12)年9月に起きた関東大震災で貴重な文献が多数焼失したことから、
小泉家では安全に保管できる大学へ一括譲渡したいと考えるようになりました。
ちょうどその頃、富山では、のちに初代校長となる南日恒太郎氏を中心に、
富山大学の前身校のひとつである旧制富山高等学校の設立準備が進められていました。
南日氏は実弟でハーンの教え子である田部隆次氏から小泉家の意向を聞き、
すぐに譲渡の申し入れをしました。新学校に優秀な教師を集め、
当地の文化の中心とするに相応しい蔵書であると判断したのです。
同時に、旧制富山高等学校の創設に私財を投じた馬場はる氏に寄付を仰いで、
蔵書の購入が実現しました。1924(大正13年)開校記念に馬場家から寄贈
され、
現在「ヘルン文庫」は富山大学に受け継がれています。
富山大学付属図書館HPより)

 

 

 

 

 

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